私が美容外科を始めた頃に行われていた日本のフェイスリフト手術はたるんだ皮膚を切り取るといった簡単な手術でした。この方法は腫れることも少なく社会復帰出来る手軽な方法でしたが、1ヶ月もすると元に戻り大変な苦情を受け、私の中では最もしたくない手術でした。
その後、当時世界で最も有名なメキシコの美容外科医の手術を見る機会があり、大変なショックをうけました。彼の手術は顔の中で皮膚についているのは鼻と目だけと言っても過言でないほどの大胆な手術でした。それまで自分が見聞きしていたものとのレベルに愕然とし、その後西洋人と日本人の形態的、骨格的違いについて研究を重ね、アジア最高レベルの白壁式フェイスリフトを開発することができました。この技術を1986年に米国美容外科学会で「東洋人のためのフェイスリフト手術」というタイトルで発表し、ウォルター・スコット・ブラウン賞を受賞しました。以前のように広範囲な剥離をせず、SMASという皮下組織を引き上げることで皮膚に直接負担をかけることなく、皮膚が重く厚い日本人にも満足の行く結果を得られるフェイスリフト方法を開発したのが受賞の大きなポイントになりました。当時の日本では皮膚だけを引き上げるフェイスリフト手術が主流でしたが、皮膚が重く厚い日本人にとっては、あまり効果的とはいえない方法でした。SMAS法は今や世界中で行われています。1986年に報告した術式は今では古くなっています。この20年の間も、サフォクリニックは世界最先端の技術と結果を患者様にご提供できるよう、最新の技術を取り入れながらフェイスリフト手術の改善、開発を続けています。
フェイスリフトだけでなく、日本で最初に創ったメディカルエステでは美肌、痩身を行い、最近では内科的アンチエイジングプログラムを取り入れ、トータルな美しさを実現することに常に最善の努力をしています。
【参考:サフォが日本で初めて導入した治療】
「SMASフェイスリフト法」「ボトックス」「AHAケミカルピーリング」「インディバ」「ボディジェット」「ウルトラシェイプ」「ハイドラフェイシャル」など
| 1965 | 美容師免許取得 |
| 1969 | 東京医科大学卒業 |
| 1969 | 東京医科大学病院整形外科形成班入局 |
| 1979 | 大阪白壁美容外科院長就任 |
| 1986 | ウォルター・スコット・ブラウン受賞 |
| 1988 | 東京 山王病院美容形成外科部長就任 |
| 1990 | 美容形成外科 サフォクリニック開業 |
| 1999 | 国際美容外科学会より教授に任命 |
| 2002 | 日本臨床形成美容外科医会 会長 |
| 2004 | 日本美容外科学会 会長 |
| 2009 | 「腫れないフェイスリフト」日本美容外科学会 最優秀賞受賞 |